以前こんな記事を書いたこはるちゃんが誕生日だったので、久しぶりに連絡をした。
前回書いた記事がアップ直前にごっそり消えてしまい、結果的にはてなブログの仕様への呪詛になってしまったのだが、こはるちゃんは高校時代の同級生です。
こはるちゃんはSNSをやらないので、会って話さないと近況が全くわからない。
基本的にお互いの誕生日にしか連絡を取らないので、「元気にしている?」「変わらないよ」「地元に帰ったら会いたいね」という話しかしない。
けれど、高校を卒業してからも、彼女は必ず私の誕生日に連絡をくれるし、私も彼女の誕生日には必ず連絡をする。10年近くそうしてきた。
最後に会ったのは3年くらい前、最近連絡を取ったのが自分の誕生日だ。
今年もいつものように「誕生日おめでとう」と連絡を入れた。「元気にしてた?」という話になって、「仕事を辞めて勉強している」と続ける。「こはるちゃんは?」と訊くと、「今年から正社員になったんだ」という。それはおめでたい。「勉強がんばってね」で、話が終わると思っていた。が、
「実は去年結婚したんだ」
えええええ。
去年て、いつだよ。私の誕生日11月だったんですけど、それより後?いや、去年という言い方をするならもうそのときには結婚していたのか?
最早それが一番おめでたいではないか。
なんだかフラッシュを出したのに対してフルハウスを出された気分だ。
いや、マウントの取り合いをしている訳ではちっともないのだけれど。
何さんになったの、と訊くと、案の定知らない苗字だった。
おめでたい、けれども「去年」の話なのかと思うと猛烈に寂しかった。
確かに頻繁に連絡は取らないけれど、私はこはるちゃんのことをとても大切な友達だと思っている。確かに、高校卒業以降は数年に一度くらいしか会えないし、誕生日以外に連絡はほとんど取らないけれど、ただ彼女は幸せであってほしいと思っているのだ。
一時期、彼女が東京に住んでいた時期がある。
当時は名古屋に住んでいたのだが、就活で上京する用事があり、彼女の住んでいる街の近くに行く用事ができたので連絡したことがあった。
が、彼女は既に東京の家を引き払って地元に帰った後だった。
そのことをTwitterで呟いたら
「そういう連絡が来ない時点で親友ではないんじゃないの」
と、当時好きだった人が空リプをしていてすごく悲しくなったことがある。
それでもやっぱり、こはるちゃんは大事な友達なのだ。
「きっと幸せになると思う」
出会ったときから彼女のことをずっとそう思っていた。それは非常に漠然とした感情だったのだけど、今日その意味がわかった気がする。
身も蓋もないことを言えば、それは「いつかすんなり結婚するんだろうな」という予感だった。
こはるちゃんからは浮いた話を一度も聞いたことがない。
けれど、その名前のように、穏やかで、ひだまりのように明るくて、人を拒むような棘のない彼女は、いつか自然と一緒に生きていきたい人と出会って、穏やかに優しく生きていくんだろうな、とずっと思っていたんだと思う。
どんなに離れていても、こはるちゃんにはただ、幸せになってほしい。
地元に帰ったら、またたくさん話がしたいと思う。
でも、本音を言うと、それくらい大事なことはもう少し早く教えてほしかったな......。
結婚祝いを送ろうと思ったけれど、如何せん離れている時間が長すぎて、ぴったりのプレゼントが思いつかなかった。旦那さんがどういう人なのか、そもそもどうして出会ったのかも知らない。分からないことがあまりにも多すぎる。わかったのは、こはるちゃんが引っ越した場所に熊や狐が出てくるという話だけだ。
きっとそういうことなんだな、と思いつつ、一旦「誕生日プレゼント」と松阪牛を送ってお茶を濁してしまった。
プレゼントは、次に会えたときに渡そうと思う。